りこすたいる
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難病と闘う子どもたちを見て
2007年 01月 11日 (木) 00:30 | 編集
9日TBSの番組「難病で闘う子どもたち」を見ました。
その中で紹介されたのは、
●全身の筋肉が骨になっていく~進行性骨化性筋炎(FOP)
●人の細胞の中にあるミトコンドリアが機能しない~ミトコンドリア症候群
●骨の成長が止まってしまう~モルキオ症候群(病)
●脳内に異常血管網が発達し様々な症状を起こす~もやもや病
でした。
その中のひとつ進行性骨化性筋炎(FOP)は、まつさんの
お友達夫婦の息子さんがこの病気で、まつさんが一所懸命
難病指定の請願書の署名集めをしていました。

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「ハートをつなごう」
2006年 06月 02日 (金) 23:37 | 編集
教育テレビの「ハートをつなごう」という番組の
今週のテーマは“発達障害”。
ADHDやアスペルガー症候群といった発達障害の人を
スタジオに招いて話しを展開していく番組でした。

ダウン症児に関する記事紹介
2005年 11月 07日 (月) 01:14 | 編集

このあいだ、コメントで「はじめまして・・・・ダウン症のママ歴2ヶ月です」という方が来てくださいました。大変嬉しかったです。

りこが生まれて間もない頃、私もネットで、ダウン症のママのHPを見たり、ダウン症について書いてある記事を探して読んでいました。そんな時、あるHPでダウン症が生まれてくるのは、いろんなハードルを乗り越えて(自然流産など)生まれてきたことを知りました。

いろんなリスクを乗り越えて、「私のところに生まれてきてくれたんだ」とわかったとき、心が安らぎました。心が救われました。
大事な命を授かったんだと、改めて強く思いました・・・。でも、私があの時読んだHPは今どこにあるかわかりません。ここに載せたかった内容でした。

しかし、私がひそかにお気に入り登録させてもらっている医学生さんのブログで、私が紹介したかったような内容を、記事にしてくださっていたのを見つけることが出来ました!!


・・・・これを書いたERさんはお医者さんの卵。このような方が将来、お医者さんになられたとき、出会う親は「幸せ」だと思います。

多くの方の目に触れて欲しいので、そのまま引用させていただきます

「彼は僕の人生の先生です」
2005年 10月 11日 (火) 15:55 | 編集

ネットをうろうろしていたら、先日こんな記事に偶然出会いました。

しんたろうさんのたわごと 「たったひとつのたからもの

昨年10月の記事で、しかもこのサイトの更新は現在途絶えているようです。
タイトルは「たったひとつのたからもの」なのは、ちょうど去年、本が発売され、ドラマ化された時期だったからでしょう。

この記事の中身は、この管理人さんが高校生のとき、あるダウン症の青年に出会った時のエピソードについて、思うことを書いていらっしゃいます。
「彼は僕の人生の先生です。」この言葉と、最後の三行が特に心に迫ってきました。
紹介させてもらいます。

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ある詩
2005年 09月 23日 (金) 07:01 | 編集

このブログは、障害を持って生まれた子供達を扱っているサイト専用の検索エンジンにも登録しています。だから、そこを辿ってこちらにお越しいただいている方もいらっしゃると思います。我が子が障害を持っていると知らされたばかりの親御さんも。そういう方にもし読んでもらったら嬉しいなと思い、私が以前とても力づけられた詩を紹介します。

サバイバーに思ったこと
2005年 08月 24日 (水) 18:24 | 編集

昨晩から涼しくなってきて、やっとエアコン生活にお別れできそうです。
さてはてそんな今日、ちょっとまじめに。長いかもよ(笑)

とりあえず俺と踊ろう というブログで”障害者と生きる”とはという記事を見つけました。
アメリカでは障害者は “ Survivor ” と呼ばれているらしい。生還者という意味。辞書で調べたら「(困難を)なんとか切り抜けていく人」という意味もある。そこには、困難を克服して生きている人に対する敬意が込められているんだとか。

これを読んで、日本とアメリカの考え方の違いというか、歴史の違いというか、
そういうものの落差をとても感じました。
日本じゃ、障害者、身体障害者、知的障害者・・などの区分けをきっちりするけど、どれもこれも健常者との比較で生まれた言葉のような気がします。

そんなことを言う私も実は、娘がいないときは、こんなことは深く考えたこともなかったのですが。
しかし、娘を育てるにあたって、例えばお役所的な手続きや、また福祉サービスを受ける時、どうしても障害者の親という立場を、認識させられることもあります。そんな時、言葉からくる、イメージもあって(”害”という字が使われていること自体いただけないかも)あまりいい言葉じゃないなと漠然と思っていました。
きっちりとした線で、健常者と障害者は分かれているという感覚・・・。ちょっとさびしかったりして。
だからこの“ Survivor ”と呼ぶアメリカの感性は正直羨ましいし、私は好きです。

いろいろ考えているうちに以前読んだ本<瞬間(とき)をかさねて : 「障害児」のいる暮らし>の中でのダウン症の娘を授かった母親の手記を思い出しました。
ご両親が仕事の関係でアメリカに移り住むことになって、初めは不安だらけだったけど、アメリカでの生活がとても居心地がいいということも書いてあった。考え方や障害児をみる目が日本と違うということも。
例えばひとつのエピソードとして、ダウン症の娘と一緒に外出すると、アメリカじゃよく人に話しかけられると書いていた。

「シーハズ、ダウンシンドローム、オーケー、アイノウ?」
(彼女はダウン症よね?)
「シーハズ キュート、シーハズ プリティ!」
(キュートね、かわいいわね!)
「シーハズ ア リトルエンジェル イズント シー?」
(彼女は天使よ、そうじゃないこと?)

こんなふうに、話しかけられることが多かったそうだ。
特別なようで特別じゃない接し方、そこには温かいまなざしを感じる。
もちろん、みんながみんなそうではないとしても。

またアメリカでのダウン症の告知と両親への対応の違いにも驚いた。

アメリカの場合、もし生まれた子にダウン症の疑いがあるとすると、医師はすぐ両親にそのことを伝え、赤ちゃんは即座に染色体検査をされ、両親には、ダウン症児の説明がされる。
そして、両親に育児の意志がある時は、ダウン症のことにもっと詳しいカウンセラーが紹介されて話を聞くことができ、地域のダウン症の親の会も紹介される。
もうその段階であなたの地域にはこんな訓練施設があり、こんな療育の集まりもある、このグループに電話してごらんって・・・・そういうことが両親に伝えられる。
しかしどうしても育てる気になれないという人もなかにはいるけど、そういう人には、養子にだすこともありうるわけで、そういったカウンセリングもなされる。
アメリカではダウン症児を養子に迎えることを希望する夫婦が常時100組ほどいるそうだ。引き取るまでその両親は、ダウン症児の勉強を充分していて、尚且つ、療育できる環境にあるかなど適性もクリアしていなければならないらしい。

日本でも医師が両親にお子さんがダウン症の疑いがあり、検査が必要で、ダウン症は親の愛情をいっぱいかければ育っていきますとか、そんな感じの話をされると思う。私の場合もそうだったし。
当たり障りがないといえばない話。ショックが大きい両親を目の前にいろいろ話すことはないかもしれないけど、どんな両親だって現実を受け入れる時がくる。その時に、思うのは将来の生活への漠然とした不安ではないだろうか。それを取り除いてくれるためにも、カウンセラーなりが介在してくれればこんなに心強いことはないだろうと思う。私や、周りの友人の話を聞くと、ほとんどが、カウンセラーどころか、アドバイスしてくれる人はすぐ身近にいなくて、”自分で”電話するなり、行動するなりして、調べたり、人に会ったりしている。時間も労力もかけて・・・。けして無駄ではないと思うけど、精神的に辛い時、有益な情報なり、アドバイスなり受けれたら、もっと早く前に進めたとのではないかな。

いいとか、悪いとかじゃなくて、アメリカの場合は、現実的で合理的な方法だなぁと思ったのです。生活していく上でのアドバイスをちゃんとなされている。フォローもある。システムがきちんと動いているのでしょうね。
そして、養子の話も驚きました。養子縁組を希望する親が常時100組もいることにも。

以上、とりとめなく書いてしまったけど、願うことは、もっとその人の立場に立った医療現場(福祉の現場?)の充実。それと、障害がある人もない人もみんなが生きやすい世の中であってほしいこと。


 ※追記です。

この記事にたくさんのコメントをいただきましたが、その中で、“ Survivor ”のほかにも、下記のような英語の言い回しがあることを知りました。
とてもわかりやすく書いてくださっているのでMaoさんのコメントをそのまま、こちらにも載せさせていただきます。

英語でchallengedっていう言葉を、日本語のいわゆる障害がある、って意味で使 うことがあります。『努力を必要とする』っていう方が、英語のニュアンスに近いか もしれません。
たとえば、聴覚障害だと
『She is aurally challenged. 彼女は聴覚的に努力を要する』
私にはこの言い回しって、なんとなく『神様にチャレンジされてる』って聞こえるんですよね。『あなたには、こういう症状があるけれど、がんばっていける? あ なたならできるよね』って神様が聞いている感じ。

ま、私の勝手な印象ですが、そういう表現があるのは事実です~。

この英語のニュアンス、とってもすてきです。

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