りこすたいる
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当たり前の場所
2005年 10月 16日 (日) 10:08 | 編集

先日の「彼は僕の先生です」の記事への皆さんのコメントを読みながら、いろいろ考えさせられました。自分の体験を通して考えたことなど綴ってくれた方もいらっしゃいました。ありがとうございました。

私も『しんたろうさん』みたいな大人がいっぱいいたら、優しい世の中になるんだろうな・・・って思いました。

この記事を読んで、私もちょっとココに書いてみたいことがあるので、、今日はそのことを・・・・。


私が中学一年の時、同じクラスにいた女の子のことです。(以下Sさんとします)
Sさんの病名ははっきり知らないのですが、右半身に麻痺がある女の子でした。

松葉杖をついて学校に来た時もありますが、大抵は自力で歩いていました。手に麻痺があるようで、ペンを持つ手がぎこちなく見えました。勉強もだいぶ遅れていたようですが、いつも一生懸命先生の話を聞いてノートをとっている姿が印象的でした。視力が悪いようで席替えがあっても、暗黙の了解なのか、先生の配慮なのか、いつも席は、クラスの真ん中の一番前でした。

Sさんは、人懐っこい笑顔の人でした。私が、何気ないことを話しかけると、満面な笑顔をこちらに向けてきます。体育の時間は、ほとんどは見学をしていました。私は、そんなSさんが気の毒だと思う気持ちもあって、体育館に行くときなど、階段の上り下りなどの手をかしてあげたりしていました。クラスの男子にからかわれることもあって、私は気が強い性格でしたので(これは今もですが。^^;)、そんな男子が許せなくて、追いかけていって謝らせたこともありました。だんだん、Sさんは、休み時間なども私のそばに来てよく話をするようになっていきました。「○○ちゃーん!」と廊下であってもすぐに声をかけてきます。

しかし、私も、いわゆる仲良しグループが出来てきて、Sさんと一緒に行動することが、だんだん鬱陶しく思うようになってきたのです。私は、少しづつ彼女と距離を置くようになってきました。心の中では、自分の行動をずるいと思いながらも、仲良しの友達とわいわいふざけていると、すぐにそんな思いも消えていました。
Sさんは次第に私にも話しかけなくなり、時々Sさんのことを見ると、いつも一人で休み時間も席に座っていたように思います。私もだんだんと、Sさんのことを気にすることも減っていきました。

ある日、クラスの作文の授業で、「学校生活の思い出」という作文を書くというものがありました。1年生も終わりの季節だったからです。遠足や文化祭、修学旅行の思い出などをみんなそれぞれに書き、文集にまとめられ、クラス全員に配られました。家に帰って、友達の面白おかしく書かれた作文を読みながら楽しくなっていましたが、Sさんの作文を読んで、その気持ちは消えました。

Sさんは、「○○園の思い出」というタイトルで、中学に入るまで通っていた療育施設の思い出を書いていたのです。療育施設は、肢体不自由の子供が通う園でした。その園で過ごした何年間の思い出を、綴っていたのです。友達と遊んで楽しかったこと、先生が優しくしてくれたこと、頑張って運動会に参加したことなどを。
中学1年の思い出はひとつも書かれていませんでした。

そして、その作文の最後にはこう書かれていました。「私は○○園にもう一度戻りたいです」と。

それから、慌しく日が過ぎて、Sさんは学校を休みがちになりました。先生からは体の具合が悪いからという理由を聞かされていました。そんなある日、学校の職員室の前で、SさんとSさんのお母さんを見かけました。

2年生に進級した時、学年にSさんの顔はありませんでした。あとから転校したと先生から聞いただけです。どこに転校したか、どういう理由だったのかはわからずじまいになりました。Sさんの寂しいさよならでした。色紙の交換もなく、お別れ会もなく、お別れの言葉すらもなく・・・。私は、またいつのも面白可笑しい友達との学校生活に馴染みながら、中学を卒業しました。それから、一度もSさんとは会っていないし、どうしているか耳に入ってきたこともありません。

あとになって、Sさんは、当時、毎日お母さんが送り迎えされて登校していたことを知りました。他の子供に知られないようにと気を配り、学校から離れたところで、朝は降ろし、帰りは待っていたようです。

そういえば・・・Sさんはいつも身だしなみがきちんとしていました。いつもクリーニングから出したばかりというような、ちゃんと折り目の入ったスカートをはいていました。トイレから出ると、いつも洗面所で、きちんと折りたたまれた綺麗なハンカチで手を拭いていました。そんな光景が思い出されました。きっとあのお母さんが、気を配り、Sさんを大事に大事に育ててきた証だったのかもしれません。


大人になったからなのか、親になったからなのか、わからないけど、Sさんのお母さんのお母さんの気持ちはどのようなものだったのかを考えてしまいます。娘を普通学級に入れた時の決断と思い、その後、転校することになったときの気持ちはどのようなものだったのか・・・。そして、Sさんにとっての当たり前の場所は、あの中学だったのか、それとも○○園だったのか・・・でも答えは出るものではありません。



私も、娘が当たり前に生きていく場所を見つけていくために、悩みながらも、時には周りの人の力を借りながら、前に進んでいきたいと思っています。Sさんが私に教えてくれたことを忘れずに。

Comment
この記事へのコメント
初めての一番乗りでドキドキ・・・
でも、今日はズシッと思い話題で、いろいろ考えさせられ、
コメントの言葉も、なかなかスムーズに出てこなくて、悩んでいます。
Sさんのこと、satoさんが、こうして今もはっきり覚えていて、その時の胸の痛みを持ち続けていることが、Sさんが存在する意味の一つになっているのではないでしょうか。それは、しんたろうさんのエピソードと似ていると思います。Sさんのこと忘れないsatoさんだからこそ、りこちゃんも生まれてきてくれたと思うし、そういう「感じる心」があるからこそ、いろんな人が、この「りこすたいる」に癒しを得ているのではないかと思います。(もちろん、satoさんのユーモアや素直で前向きの性格が、このブログを単なる癒し以上の、スパイスの効いたものにしてくれているのも事実ですが)笑いあり、涙あり、ほんとステキなブログです。satoさん、ありがとう。
2005/ 10/ 16 (日) 12: 36: 55 | URL | みのりん # 79D/WHSg[ 編集 ]
私もSさんのお母さんのようにいろんな場面で葛藤して(泣いたり吠えたり)生きていかなければならないと 想像はしているものの、精神的に弱いので(?)撃沈しそう・・ 逃げてはダメなのさねー 
強くなれるかな? 
2005/ 10/ 16 (日) 13: 35: 42 | URL | 峰富士子 # 79D/WHSg[ 編集 ]
私にも、satoさんにとってのSさんみたいな存在だった人がいます。
自分に子どもが生まれなかったら、もしかして一生思い出さなかったかもしれない・・・です。
satoさんのブログを読んで、涙がポロリとなってしまったのは、これで何回目だろう・・・。でも、その度に、また新鮮な気持ちで子どもをギュッ!ってできる自分がいます。satoさん、ホントにありがとうございます♪
あ、もちろん「バナナねた」も大好きですヨン♪
2005/ 10/ 16 (日) 15: 07: 04 | URL | みっちょん # 79D/WHSg[ 編集 ]
かれこれ20年 お付き合いのある高校当時の男の先輩(Tさん)。今ではもう身内のようなつきあい・・・。今は奥さんとの交流が濃くなったかな(^^;
先輩夫婦のところに障害を持った女の子(Rちゃん)がいます。私の次女と同い年。
生まれてから「障害○級」と認定されるまでの数年間は、電話で話す度に、私の娘と比べてきていました。「もう歩くの?」「もうおしゃべりするの?」「もうお絵かきできるの?」その度「比べなくたって、RちゃんはRちゃんなりにちゃんと育っているじゃない!」と私。別に冷たい気持ちで言ったわけではないけれど、立場が違えばどうだったのか…。
どのように彼女は私の返事を聞いていたのか…。
2005/ 10/ 16 (日) 16: 39: 10 | URL | 早智・母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
私はどういうわけだか、障害のある子と触れ合う事が度々あり、生きているってことは 何かが出来る出来ないではないのではないかと考えていました。でも、善人ぶっているようで今までは口にしないようにしてきました。
「障害○級」と認定されたRちゃんには3つちがいのお兄ちゃんがいます。
とても 面倒を見てくれて、親の期待にも答え 沢山のお手伝いをしていました。そんな息子の事をTさんは「自慢の息子だよ。俺は息子と同じ年頃のころは、Rのような子を見ただけで、差別感を持っていたよ。でも、息子はどんな所に行ってもRを恥かしいと思うことなく、二人で誰とでも接するんだよ。すごいだろ(T。T)」と涙ながらに話してくれたことがありました。
2005/ 10/ 16 (日) 16: 40: 22 | URL | 早智・母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
↑続きです。 長くなってしまって すみません(^^;
今、同じような仲間で集合させるという風潮があります。
そして 合わなければ抜ければいい。合うところにいればいい。
それは悪いことではないけれど、成長が望まれないように思うのです。
いろいろ あって 色んな人がいて お互いに刺激しあうって大切なんじゃないかしら…。
なんか 長々と生意気なことを書き込んでしまいました。ごめんなさいm(ーー)m
satoさんは 脳のいろんなところを 働かせてくれますね。ありがと!
2005/ 10/ 16 (日) 16: 42: 08 | URL | 早智・母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
育った環境で、多分大人になってからの人との付き合い方って随分違ってくるんでしょうね。
私にもsatoさんみたいな経験ありますよ。
幼かった頃のそういう心の奥の方がちくっと針がささった様な出来事をみんな持って大人になってきているのかな・・・
昔も今も障がい者に対しての偏見は、まだまだあると思う。
でも正直に告白しますが、千雪が身障者手帳を1級で交付されたとき、私はまだ我が子を障がい者と認めたくない気持ちがありました。
今となっては、恥ずかしいけど、これも偏見だった。
今はね、とりあえず”もらえるもんは、もらっておこう!”みたいな。(良い意味でね!)
***続きます***
2005/ 10/ 16 (日) 17: 36: 40 | URL | ちいママ # 79D/WHSg[ 編集 ]
***続き***
親になって自分の親の気持ちが初めてわかってきたように、障がいのある子を産み、育てていてわかってきたこともたくさんありますよね。
それもこれもお兄ちゃんと千雪を授かり、教えてもらえたことですね。
私自身も仕事をして肩肘張っていた頃より今のまーるくなった(体もだ・・)自分が好き。私なりにだけど、昔より人の苦しみとか理解できるようになったつもり!
それにしても、ここには、あったかいこころを持った方がたくさん集まりますね。
りこすたいるに出逢えてホントに良かった(^.^)
私も子ども達が自分たちにとっての”当たり前の場所”を見つけるためにお手伝いしよう!
2005/ 10/ 16 (日) 17: 38: 46 | URL | ちいママ # 79D/WHSg[ 編集 ]
★みのりんさんへ
重い内容ですいません・・・って感じなんですが、コメントしてくれてありがとう(^^)投稿したあとも実は反応が気になってしまって・・・。
だから、みのりんさんの一番乗りも内容もとても嬉しいです。
娘のいる生活は、面白くて可笑しいことばかりで、いつも笑ってばかりです。でもちょっと思い出したこと、そういう過去のことを書いてもいいのかなって思ってます。
2005/ 10/ 16 (日) 19: 28: 47 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★峰富士子さんへ
いらっしゃいませ~~、峰富士子さん^m^ププ
そうそう、先のこと思ってたらきりないけど、私達は周りの友人とかに恵まれているから、なんとかなるか!なんて思ったりもします。それに、いつの間にか強くなっていけばいいよね!
2005/ 10/ 16 (日) 19: 33: 17 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★みっちょんさんへ
私も同じ、思い出さなかったかもしれないです。だからちょっと書き留めてみました。新鮮な気持ちでギュッて出来るって言葉・・・、本当にみっちょんさんは温かい人です。出産してからいっぱいいろんなことがあったけど、投げ出さず、いつもにこやかに頑張っていたよね。
私もすごく勇気をもらったよ~!こちらこそアリガトウです(^^)
2005/ 10/ 16 (日) 19: 41: 48 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★早智・母さんへ
ちょっと変な話ですが、早智・母さんに初めてお会いした時、障害児のお母さんなのかなって思ったんです。なんていうか、私や他の人への接し方が、あまりにも自然だったし、同情や頑張ってるよね~みたいな視線も感じなかったんです。(すいません、うまく言えませんが・・・。)
私は、娘が生まれなかったら、知らずにいたことや、感じなかったことが沢山あったと思います。でも早智・母さんは、いろんな経験を通して考えたりしたことが沢山あるような気がします。今回の先輩ご夫婦のお話しもそうです。だから、私達と早智・母さんの間になんの壁も感じなかったんだなぁって思います。
>今、同じような仲間で集合させるという風潮があります・・・・
・・・・色んな人がいて お互いに刺激しあうって大切なんじゃないかしら…。
↑本当にそう!そう思います。こういう場所が普通であるような社会に近づいていって欲しいと思います。
2005/ 10/ 16 (日) 20: 12: 13 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★ちいママさんへ
私も正直に告白しますが、偏見いっぱいありました。不幸一人で背負っているような顔をしていたと思います。でも娘が可愛い、愛しいと思う気持ちが自分を変えていったと思います。もうひとつ告白ついでに、、ちいママさんがおっしゃるように、昔の自分よりも今の自分の方が好きです(^^)
出産当時は過去に戻りたいなんてひどいこと考えてましたが、何をおっしゃるという感じですね。教科書がない今の子育てもやりがいがあると思うし、いろんなことを感じられるようになった自分の心もいいなぁって思ってます。
ここはほんと温かい人ばかり来てくれるんですよね。。。
子を持つ方もそうでない方も、健常も障害も関係なく集まってくれてる。このブログの最大の自慢です(^^)vふふ~
2005/ 10/ 16 (日) 20: 36: 48 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
う~ん・・・息子を今から普通なところに入れようとしている親としては複雑です。本人の成長だけでなく周りの接し方がとてもリアルで・・
でもsatoさんが言われてるようにいろんな人がうて当たり前の社会になっていくといいな。そしてそんな世の中みんなで作っていきましょ!
早智・母さんにsatoさんが初めてお会いしたときの印象かかれてますよね?
それすごくわかります。いろんな経験を超えてきたかたは心がバリアフリーだから他の方と何か違うんですよね。私もそういう人になりたいなと思います
2005/ 10/ 16 (日) 20: 38: 39 | URL | けいこママ # 79D/WHSg[ 編集 ]
★けいこママさんへ
すいません・・・そういうふうに感じられたらほんと申し訳なく思います。
リアルに書きすぎたかな。。ちょっと反省かも。
文章を書くって難しいですね・・・。
でも、私も前からずっと普通学校に入れたいと思ってるですよ。そう思うのは、出来るだけ同じ育った地域で、周りのお友達が近所にいるような環境にいさせてあげたいからです。けれど、軌道修正がきたときはそのときで、子供にとっていちばんいい道を選択する手伝いをしたいと思ってます。
いろんな子供がいます。養護に通う子、病院で過ごす子。でもきっとその子も社会との接点を持って生活してますよね。どんな子供もいて当たり前の社会。そんなバリアフリーな世の中にもっとなっていけばいいなと思ってます。
2005/ 10/ 16 (日) 20: 59: 46 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
次の記事が書かれるまで・・・と、皆さんのコメント&satoさんのコメントを見守らせてもらいました。やっぱり・・・というか、satoさんのけいこママさんのコメントの最後の方で、わたしと同じ想いが出てきてホッ!(^^)!
今、健常と言われる子でさえ、問題を持って生きてる子が多いですから、そういう子も含めて軌道修正を何回もしながらやって行けばいいと思うんですよ。
2005/ 10/ 16 (日) 22: 01: 43 | URL | may # 79D/WHSg[ 編集 ]
続き・・・・・
記事の親子も、嫌な事はあったかも知れないけど普通学校に通わなければ、ずっと『みんなと同じ学校に行きたかったな』という想いが残ったと思うんです。やってみて分かる事、それが失敗でも成功でも、それからの生活に、何らかの変化はあるのですよね。失敗は良い方向に向ければイイし、成功は伸ばせばイイ。その時その時で最善と思ってやる事に、良い悪いってないと思うんです。だから、きっと記事のお母さんも、そうやって最善の方法を考えて行ったんじゃないかな、と思います。まわりの人々にだって、こうやって『想い』を残してくれたんですから。ただ、全ての人が、同じように分かってくれる訳ではない世の中なんですよね、まだ。。。
2005/ 10/ 16 (日) 22: 02: 28 | URL | may # 79D/WHSg[ 編集 ]
久しぶりの?!真面目な記事でまた涙してしまいました。
当たり前の場所、康平にとってはどこだろう???
そのときそのときで一生懸命考えて出した結果が当たり前の場所に
なったらいいなと思う。
でも、軌道修正も時には必要だよね?それはそれで間違えでは
ないと思う。
差別が無い世の中になって欲しいけど!!なかなか難しい。
でも、サバイバーの親も前進あるのみだよね?
強く生きていこうと思います。
2005/ 10/ 16 (日) 22: 37: 01 | URL | るみるみ # 79D/WHSg[ 編集 ]
satoさんへ
 コンバンハ^^ 胸の奥深くでチクリと痛んでいることをキーボード叩いて文字に言葉にしていくことは、簡単ではなかったでしょうね
でも それができてよかったよね(^-^*)
自分自身の本当の思い・・・分かっているようでいて、結構難しいですね・・・
satoさんの“気づき”すごくすごく大事なことじゃないかな・・・
厳しいかもしれないですが、Sさんにとってもそのお母さんにとっても、長い人生を精一杯生き抜いていくために必要なハードルというか道のりの途中なのかな。痛い思いをたくさんしてきた人は、誰よりも人の優しさを感じることができるでしょうね。そして幸せが何かということを誰よりも分かるのではないかな。。。
きっと、お元気で頑張っていらっしゃるのでしょうね!!
2005/ 10/ 17 (月) 00: 44: 49 | URL | dorapeko(=^・ェ・^=)ノ彡☆ # 79D/WHSg[ 編集 ]
幼稚園の時、T君という知的障害者の子がいました。
彼は「知恵おくれ」と皆にからかわれていました。
小学校に入って、彼は1日の体育や家庭科など以外の基礎学力の時間は
養護学級に行っていました。
私はなぜか、彼を養護学級まで送り迎えしていました。
理由は彼が妹思いの良い子だったからとしか、今では覚えていません。
Sさんのお話を読んだ時、ふとT君のことを思い出しました。
その当時、クラスの子達は「気持ち悪い」といって遠ざけました。
私に「なぜ仲良くできるの?」とか、
先生も「T君にやさしくしてあげて、えらいね」なんていう始末。
2005/ 10/ 17 (月) 00: 47: 00 | URL | kazurin # 79D/WHSg[ 編集 ]
続きです。。。
その時、子供ながらにとても淋しく悲しかったことを覚えています。
なぜ、みんな差別するのか?とまわりに怒ったこともありました。
もちろん、そのとこでからかわれもしましたが、気にもしませんでした。
今から思えば、彼の障害を個性と捕らえていたのかもしれません
(satoさんの言葉借りちゃいました。。)
でも今から思えば、偏見なく彼に接することができたのは彼自身が
いい子であったし、母のしつけのおかげかなと思います。
どんなに周りにからかわれても自分は間違ってなかったと思います。
娘たちにもいつかこんな話してあげたいです。
2005/ 10/ 17 (月) 00: 48: 00 | URL | kazurin # 79D/WHSg[ 編集 ]
★mayさんへ
記事に書いたSさんのお話。実は以前に書いて投稿しなかったものを迷いながらも投稿したものです。けいこママが仰るとおりに複雑な思いで読まれる方がいるかもしれないと思いながらも。ただ自分が、文にしたかったのですね、きっと。いざ投稿してからまた悔やんでしまいました。難しいですね。こういう場で文を書くのはもっと気を配る必要があると思いました。
2005/ 10/ 17 (月) 02: 07: 12 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
(つづきです)
今回のSさんのお話し。養護がいい、普通がいいという話をしたかったわけでもないし、普通学校に行けば大変なんだという話しをしたかったわけでも勿論ありません。
Sさんが、きっぱりと書いた作文はかっこよかった。あれを読んでどきっとした生徒は私だけではなかったと思います。事なかれ主義の担任の先生も少しは考える機会になったかもしれません。mayさんの仰るような「想い」を残してくれました。そのことを私は書きたかったのかな・・・・。
私は、今、Sさん達親子がどうしているかはわかりませんが、毅然と進路を考え歩んでいたSさん親子は今もすてきに輝いて暮らしていると思います。
2005/ 10/ 17 (月) 02: 08: 28 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★るみるみへ
ごめんね、、重くするつもりはなかったんだけど(T_T) 
今回の記事は自分への反省文みたいなものだったのかもしれない。
でもさ、私の小さい頃、今みたいに「みんな違ってみんないい」みたいなこと、おおっぴらに言う人なんていなかったように思う。だけど、今の学校は多分、個性重視だし、昔よりいろんなことに積極的じゃないかな。そういう流れもあって昔よりも生きやすい世の中って気がします。
2005/ 10/ 17 (月) 02: 24: 54 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
satoさんのお話、みなさんのコメントを読んで…
私もいろんなことを考えてしまった…。
私にも今までの人生の中で、何人かの障がい者と言われる人と
関わってきました。浅くも深くも。
その中で、私はその人達を知らず知らずに傷つけた事もあるの
だろうと思います。私が無知な故の言動で。
「どうしてあの時…」という後悔も沢山あります。
でも、「りこすたいる」とsatoさんに出会えた私は、やっと今頃
少しずつ心をバリアフリーにリフォームできそうな感じです。
ももひながこのままずっと、新築バリアフリー!で育ってくれる
よう、私もバリアフリーなハハとなれればナ…。
2005/ 10/ 17 (月) 02: 35: 06 | URL | コダハハ # 79D/WHSg[ 編集 ]
★dorapekoさんへ
コメントありがとうございます。なんか、、肩の力が抜けました~
こういうの書くにはエネルギーが要りますね。でも読む人にそんな私の余分なエネルギーを送りすぎちゃって重くならなようにしなければ・・・。
今回は、dorapekoさんの
>きっと、お元気で頑張っていらっしゃるのでしょうね!!
この言葉にうれしくなりました(^^) 私ももちろんそう思ってます!
2005/ 10/ 17 (月) 02: 37: 43 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★kazurinさんへ
率直に書いてもらって嬉しいです。
私もkazurinさんのような気持ちを抱いていました。からかう生徒も沢山見てきました。それを見ながら、寂しいというか、納得できないというかそういう気持ち。それと相反するようにとってしまった自分の行動。
でも子供を持った今は、こんな昔のことを覚えている自分は、ラッキーかもって思えるんです。子供の気持ちを想像できるかもしれないから。
kazurinさんに育てられている娘さん達は、ママと同じように育つんだろうな。いっぱいそういう子供が増えたらイイナって思います。
2005/ 10/ 17 (月) 02: 58: 33 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★コダハハさんへ
すてきなお言葉ありがとうございます♪
後悔いっぱいあるって言ってもらえると自分だけじゃないかなって元気もらえたりして(すいません!)
リフォームバリアフリーも新築バリアフリーも明るくていい言葉!!
今度私も何かで使っていいですか(笑)
きっとももひなちゃんもママのすてきな気持ちを受け継いで成長されていくのでしょうね。
2005/ 10/ 17 (月) 03: 07: 04 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
えっと・・うまく言えないですけど、リアルに書かれてることが現実なんだってことを受け止められた気がしましたと言いたかったのです・・誰でも一度はどこかで何らかの障害をもつ子供さんなり親御さんなりと接する機会があったと思うんです。そのときはそれなりに色々考えてたにしても実際親になって同じことを振り返るとsatoさんのようにまた違った視線でみれて、そこで初めてそのSさん親子の輝きが見えるのだと思いました。自分の子供のこれから成長していく社会と自分が育ってきた社会をいつのまにか違うものとして捉えすぎていたのかも・・と反省しました。このような記事を書いてくれてありがとうです。
2005/ 10/ 17 (月) 09: 24: 47 | URL | けいこママ # 79D/WHSg[ 編集 ]
この件は、ゆっくり考えてからコメントしようと思ったので「芋煮会」より後になりました。
ようやく娘の体重は4400g♪まだ学校問題はずっと先の話ですが…。
娘が働けるようになった時(もっともっと・ずっと先)の為にも、小・中学校は地域の公立普通学級で色んな友達と接するのが良いのかな~と漠然と思っています。
あるダウン症親の会代表の方が書かれた本を、保健師さんからお借りしたので読みましたが、教育制度は大きな課題のようですね。
「統合教育」「特別支援教育」なども都道府県によって違うようだし、学校・校長先生・担当の先生・周囲の環境でも「合う・合わない」があるようだし、何よりも子供の体力・性格・個性を重視しなければいけないようですね。
2005/ 10/ 17 (月) 12: 14: 09 | URL | ウッキィ~母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
私は今までの人生で障がいを持つ人との接点が全く無かったので、娘の誕生を機にドップリ関わっていくことになりました。私自身がものすごい偏見の持ち主なので、健常児のママさん達とのお付き合いをはじめ克服する点が多く、課題が満載です。
satoさん!重い話題は色々とエネルギーがいるでしょうけれど…避けては通れない事も多いし、私も「考える」良い機会になりますので、これからも投げかけて下さいネ。
そして、何故か私も☆早智・母さんは、コメントを読んでだけの印象ですが、お子さんがハンデお持ちなのかと思っていました。
satoさんをはじめ、皆さんのコメントを読ませて頂いて、どんな方かな~と想像をして・・・それも私の楽しみです。
私は…フルマラソン完走したものの体育会系でなく虚弱体質で、「いい顔」でもありましぇ~ん。残念。
2005/ 10/ 17 (月) 12: 20: 10 | URL | ウッキィ~母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
こんにちは
考えさせられました。
私は、他県から転入した学校を、馴染めなくて夏休みと同時にまた転校してしまったうちの長男を思い出しました。
でもうちの子、「あの時は辛かったけど、それがきっかけで今の友達と会えたし、お陰で今の学校に入れてよかった。いい勉強になった。」って言ってます。
だから、Sさんもその後、あの学校はほろ苦い思い出・・・。なんて思っているかもしれませんよ。転校した先がとても良くて、あの学校から転校したおかげで一生の友達に会えた・・・とか、ステップアップできた・・・とか。
出会いやきっかけって、不思議ですよね。
うちの3番目のせいちゃんも色々あるでしょうけど、その都度バネのようにビヨ~ンっておもいっきり乗り越えて、ステップアップしていって欲しいと思っています。
ところで、「・・・」マスターしました!早速、使いまくってます。
2005/ 10/ 17 (月) 15: 01: 51 | URL | せいちゃん # 79D/WHSg[ 編集 ]
★けいこママさんへ
またコメントを残してくれてありがとうございます。
>自分の子供のこれから成長していく社会と自分が育ってきた社会をいつのまにか違うものとして
そうですね、“気持ちの上では”、私もそのように感じていると思います。でも、実際は、時代も変わってきていて下でウッキィ~母さんが仰っているように制度や教育現場もどんどん変わってきていると思います。そのような中で子供の個性や特徴に合わせた学校の中身ができていけばいいなと思います。私達親も、現実の社会といずれ向き合うと思いますが、悲観的にならず変えていこうくらいの力で進んでいきたいですね。
2005/ 10/ 18 (火) 13: 09: 06 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★ウッキィ~母さんへ
私も同じく漠然と考えているだけですが、将来考える時、今回の記事に書いたような自分の体験も思い出すと思いますが、やはり、その体験だけに捉われないで考えたいなって思います。ウッキィ~母さんの仰るとおりに、私も以前教育現場の今後の問題点や見通しを論じる講演会を聞きに行きましたが、教育制度は大きな課題らしいですね。制度は変わっても肝心の現場の先生が面食らっているような状況だと聞きました。内容はここでは深く話しませんが、私達親も、理解してもらえるように働きかけたりと努力する必要もあるのかな・・・とこれも、、漠然ですが思いました。
2005/ 10/ 18 (火) 13: 21: 05 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★ウッキィ~母さんへ (つづき)
これからりこが成長するにつれていろいろな事があるでしょう。でもいつも前向きでいたいなと思います。暗い顔していたら誰も手を貸してくれないし、聞く耳ももってくれないかもしれないし。
もしもこのブログが続いていたらそんな話も登場するかもしれませんが(?)
このブログには本当にいろいろな方が、こんな話題にも反応して考えを書いてくれるので私もとても考えさせられます。この人はどんな人だろうって想像するの確かに楽しいですよね!
2005/ 10/ 18 (火) 13: 22: 22 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★せいちゃんへ
コメントありがとうございます!とっても前向きになるお話しを聞くことが出来ました。
お兄ちゃんが、「あの時は辛かったけど、それがきっかけで今の友達と会えたし、お陰で今の学校に入れてよかった。いい勉強になった。」って言ったこと。こどもとはいえ、しっかりと考えていますよね。こういう経験でまた成長されたのかもしれませんね。
このようにステップアップしていけたらいいなって私も思います。そこで思いがけない新しい出会いがあるかもしれないですね。
>その都度バネのようにビヨ~ンっておもいっきり乗り越えて、ステップアップしていって欲しいと思っています。
とてもいい言葉!!私もビヨ~ンって乗り越えていって欲しいな~♪
2005/ 10/ 18 (火) 13: 30: 35 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
また書きにきました。
”りこすたいる”でsatoさんが色んな話題を提供してくれて、皆さんの様々な考え方とか知ること出来たり、自分も改めて色々考えさせられたり・・・
ご近所の奥さん達との立ち話では、踏み込めない気持ちをここでは、文字を通してではあるけど書けるし聞けるし、楽しい話題も重たい話題もあって大いに賛成(^^)//""""""
いつも、ありがとうございます。
そして、これからもがんばって~(^^)
2005/ 10/ 18 (火) 16: 33: 46 | URL | ちいママ # 79D/WHSg[ 編集 ]
子供が出来た!と分って…「小学校から私学に入れようか」とか「良い学校に入れようネ」とか、それぞれ「自分の母校に入って欲しい」とか、私たちは親のエゴで自分勝手なことばかり話していました。
子供を良い学校に通わせる、そのこと自体は悪いことでは無いでしょうが…。
娘には、親の見栄・エゴなどを押し付けないで、娘のことだけを考えて、娘にとって一番良い学校を選んでいく。それは私たち家族にとって良かったのだろ~ナと思っています。
学校は、ず~っと先の話。今はミルクもっと飲んで欲し~い!
2005/ 10/ 18 (火) 16: 52: 21 | URL | ウッキィ~母 # 79D/WHSg[ 編集 ]
★ちいママさんへ
気軽にはじめたブログだったけど、最近はこんなにコメントをしてくれる人
が多くて、嬉しいと同時に、真面目ネタはプレッシャー感じるようになったかも。今回特にそう思った。
でも、ちいママみたいに思ってくれる人がいるとわかると、嬉しいです。
やっぱり「笑いあり涙ありを気ままに綴るブログ」ということで突き進みたいな・・・。ありがとう~!
2005/ 10/ 18 (火) 22: 41: 51 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
★ウッキィ~母さんへ
そうずっと先の話です。小さいうちはまず体力つけるようにすることが大事ですよね!そのためには、よく寝てよく食べてよく遊んで!
おっと、これは大人にも言えることだね♪
2005/ 10/ 18 (火) 22: 44: 46 | URL | sato # 79D/WHSg[ 編集 ]
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